*

伊津子さんのページ
奈良紀行エッセイ

@ 奈良紀行エッセイ2

[Home]
[mail:yujiwata@bd.mbn.or.jp]
[感想などを書いて下さい]


室生寺へ(平成10年11月23日)

もみじ

新横浜8:55発「ひかり」に乗り、京都から近鉄の特急で大和八木、乗り替えて室生大野口、13:10の臨時バスで室生寺へ。家から6時間半、遠いけれどその時間は苦にならない。私の日常から抜け出すにはちょうどいい距離なのかも知れない。
春の柔らかい緑色に包まれた山とは違っもみじて、バスの窓から見る室生の山には、台風のすさまじい爪痕が生々しく残っている。 杉の木が、まるで割り箸を折ったように、白い体を裂かれて立っている。それは、風の通り道かと思われる所々で続いている。 バスを降りると、室生寺は秋のにぎわい。赤い太鼓橋より紅く、燃えるようなもみじがまぶしい。気になるのは五重塔、どうしているだろうか。 塔は石段の上にもみじ立っている。丸太や角材で支えられながら、大きなシートを頭の上から垂らすように立っている。崩れた屋根をむき出しにした方が美しいと思うほど、シートは似合わない。近くで見ると屋根は、檜皮がはがれ骨組みをさらしている。このままにしておいたら、雨がしみこんで、中から腐ってしまうのではないかと思われるくらい、無造作に立っている。これで大丈夫か、いつまでM室生寺五重塔3.jpg (109570 バイト)このままでいるのか、心配になってくる。
杉の大木が倒れている。根こそぎ倒され滑り落ち、五重塔へ向かってめりめりと枝を折りながら倒れた。あとほんのわずか右に倒れていたら、杉の大木は、屋根だけでなく全てを崩していたかもしれない。 杉の無念さ。美しい樹皮がまだつやつやとして、切断された切り口が白く、まだここに立っていたかったと言っている。杉の大木は、まっすぐな黒い幹と緑の葉で、塔と一体の風景になっていたのだから。何か恐ろしい力、巨大なエネルギーが、ここを通り過ぎた。ここを選んでしまったのは、なぜ? それでも風は全てを壊すことはなく、大事なものは残してくれたとう。M室生寺五重塔.jpg (83273 バイト)塔を、その景色の中で守っていくこと。そこにあり続けることは、そう願う人々の強い意志によるということ。
室生寺の塔は国宝である。国宝であり続けるには、修復するのにも制限があるらしい。壊れたものを集め、できるだけそれらで修復する。新しい木材は許される範囲で使い、しかも耐久性を考えなくてはならないので難しい仕事だ。 国宝か否かは別として、21世紀に引き継いでいきたいものは、私たちの責任で残したい。次の世代に、もっと未来まで伝えたいものはたくさんあるはず。ぼM室生寺五重塔木.jpg (111896 バイト)んやりしているといつの間にか壊れてしまい、消えてしまう。もっと真剣に引き継いでいく方策を、安定した財源に裏打ちされたやり方で実現していかなくてはと思う。 
私ができることはほんのわずかなこと。「修復の募金」を受付ですますと、一仕事終えたような気分になって、呑気なもの。この塔をずっと見守っていきたい、また訪れる楽しみができたと気楽な私。


室生寺五重塔再建のために寄付を

10月4日
ドロガメさん、「室生寺五重塔再建のために寄付を」というメールをありがとう。  以下はドロガメさんからのメールです。

室生寺の住所は下記の通りです。郵便為替口座は作っていないということなので、普通便に同封して送れる郵便局の定額小為替がもっとも安いと思います。事故防止のため、定額小為替の受取人欄を必ず記入して下さい。

〒633-0421奈良県宇陀郡室生村室生78 室生寺
0745-93-2003 または、0745-93-2057 

ドロガメさんは、当分旅行はできないとのことで、寄付されるお考えのようです。檜皮葺きの屋根は、1平方メートルあたり20万円、「千円札で葺いた方が安い」といわれるほどお金がかかるそうです。室生寺の被害は約4億円、県内の被害は約15億円にもなるとのこと。加えて、修理ができる専門家も少なく高齢者が多いことなど考えると、塔などの文化財の修復や維持はますます難しくなっていくと思います。わたしが修理をする仕事に携われたら一番幸せなのですが、それはとても無理となると、ほんのわずかな金額ですが、修復してほしいという気持ちを表わしたいと思います。 11月末に奈良を訪れる予定です。そのときに室生寺にも行きたいと思います。


室生寺の五重塔は、台風7号の強風で!

 9月22日、台風7号の強風のため、樹齢650年の杉が根こそぎ倒れ、五重塔の屋根に当たり、一部が崩れてしまったというニュース。新聞に載った写真に、信じられない思い。檜皮葺きの美しい屋根のカーブが崩れ、彼女は無惨に身体の内部をさらけ出し立ちつくしている。どうしたらよいのだろう…。
室生寺の五重塔は今年の春、いつものようにたくさんの石楠花に囲まれて、石段の上にそっと立っていた。思いがけないほどの小ささに驚きながら、私の視野にぴったり収まる小さな体、帰り際、石段の途中で何度か振り返って見た優美な姿。すさまじい風で倒された杉の木も、平安時代の初めのころからずっと静かにそこに立っていたのに、無念な思いで横たわっているのか、あまりに厳しい自然の姿。
この秋にはまた、紅葉の塔に会いに行こうと密かに思っていた矢先の出来事、彼女のために私たちができることは、何だろう。


1998,奈良 1.春、3月(3.30〜31)

3.30(亀石、橘寺、石舞台、岡寺、伝板蓋宮跡)

今年は花の咲き始めが、1週間ほど早い様子。3月末の奈良は25℃にもなって、ジャケットを腰に巻き付け汗をかきかき、飛鳥、鬼の雪隠の坂を歩いていく。いつものように天武、持統陵を通り抜け、古墳の周りをくるりと回って亀石へ。亀石に「こんにちは、また来たよ」と軽く挨拶して、彼も横の販売機のジュースが飲みたいだろうなと通り過ぎていく。
 雛壇の上の、そこだけすうっと開けたところが橘寺。野の道を左にカーブすれば、今日は桜の花が西門をやさしく支えているように見える。カメラマンがシャッターを切る。カメラを持つ人の姿も一緒に、私の目のファインダーに収まる。門をくくれば境内にしだれ桜。ベンチに腰を下ろし、空に浮かぶ桜を見上げる。厩戸皇子の誕生の地は、不思議なたくさんの出来事とわたしたちとの接点。時間が、ゆるゆると流れつながっているのだろうか。
東門を抜け畑の道に出る。このまま小道をたどれば、石舞台に続く。初めて飛鳥を訪れたときは、アスファルトの坂道を自転車で走った。今は車を気にすることなく、飛鳥川と一緒にのんびり歩いている。祝戸橋を渡れば石舞台の広場につく。桜の淡いピンク色に囲まれた石舞台は、今日は遠くから見るのがいい。こんなに幸せそうな顔をした石舞台は初めて見た。春だから。 飛鳥を縁取る山々を背に、三重塔が私たちを眺めている。 近鉄吉野線の「岡寺」駅から東へ約3q、いや、岡寺からまっすぐ西へ行くと駅がある、なんだかその離れ具合が不思議な感じがするのは私だけだろうか。急坂の途中で、「ちょっと休もう」、そんな気持ちにさせる店構えで出迎えてくれるのが、坂の茶屋。同じ思いで立ち寄った人たちの、たくさんのメッセージ(色紙)に囲まれて、とってもおいしい葛きりを食べた。
岡寺の仁王門はすぐそこ。ここも桜が似合っている。二重三重に花びらが重なって、ゴージャスな色合いの椿の花。紫、緑、黄色、赤、白、紫…本堂の軒に下がる、あの美しい色合いの幕は何というのだろう。枯れた黒の本堂に、花々と5色の布の色が華やかだ。若くして亡くなった草壁皇子への想いだろうか、もう石楠花のつぼみが開く時期を待っている。この花が咲くのを見たいと思う。
 岡寺から酒船石へつながる道がいい。2つの道路を点線で結ぶような小道で、自転車も通らない。のんびり歩いて柿畑、と思っていると、竹に囲まれて酒船石が横たわっている。階段を上ってくるときの期待感とは違って、「こんな所にあったの」という意外さが新鮮だ。
 階段を下りて、伝板蓋宮跡へ向かう。ここに立つと、いつも不思議な気持ちになる。何も見えないという開放感と、飛鳥の時代にはあった何かのエネルギーを、足の裏で感じる。こにも「時間」が蓄積されている。
 腕時計に目をやる。17:15の電車に間に合うように、飛鳥駅へ戻ろう。大きな2人の、小さな古墳をもう一度通り過ぎて、 駅へ急ぐ。

3.31(阿部文殊院、聖林寺、談山神社、長谷寺)

談山神社へのバスは桜井から1時間に1本。お目当てのバスに合わせてJRに乗ったのだが、時刻表が改訂されてバスはさっき出ていってばかり。しばらく時刻表とにらめっこして、歩くことに決める。
 文殊院といえば、カラー写真の金閣浮御堂のイメージが強い。昭和60年建立だから新しすぎて、しっくりこないと思っていた。ところが目の前に広がる文殊池は、ぐるりと桜の花に包まれて、浮御堂の赤い欄干をアクセントにするほどおおらかだ。風に舞ってはらはらと、花びらが水面に落ちていく。光を反射するのか透すのか、輝く瞬間をとらえようとするカメラマンたち。桜ばかりに気を取られて、本尊の文殊菩薩も記憶にないので、知恵の神様から見放されても仕方がない。
 ここから聖林寺までは遠い。バスの時刻を気にして歩く。次のバスに乗り遅れたら、歩いて談山神社へは行かれない。やっとの思いでたどり着いたバス停。あと15分しかないのに、聖林寺は向いの山の中腹。せっかくここまで歩いてきたのだから少しでも近づきたいと、急な坂を一思いで駆け登る。境内に入る前で7分前。門前から大和平野を一望して、転げ落ちながらバス停へ戻る。十一面観音に会えずバスに乗ってしまったのが、ずっと気にかかる。
多武峰のバス停を通り過ぎたとき、ここで降りればよかったかなと思う。山門から上へ、歩くのにちょうどいい道が続いているのが見える。バスは小道を離れて、談山神社の駐車場で止まった。
さっきまで汗をにじませて歩いていたのに、ここの空気はきりっとしまっている。里より春が遅い。桜のつぼみは、開くのに後2、3日、花びらを集めて一番濃い色をしている。残念。十三重塔の前で、こぼれるように咲く桜を見たかった。
談山神社は「日光のような」という、ガイドブックの文字からイメージするのとは違って、ひっそりと静かに桜を待っている。十三重塔は、屋根を一枚一枚(数え方はこれでいいのかな)何回も数えて確かめる。13枚(段)もあるのにコンパクト。小さいのでびっくりしてしまう。
苦労して来たのに(桜を見るため)、次のバスで山を下りることにする。山門への道は、高い杉の木が別世界へとつないでいる。この道を下って多武峰のバス停へ。バスが来るまで少し時間があるので、腰を下ろしてお昼にする。朝、コンビニで買ったパンとサラダを食べながら、幸せな気分になってしまう。  桜井から長谷へ。しだれ桜が迎えてくれる。いつもはに気づかないほど、高くしんなりと枝を垂らしていたのに今日は、あでやかな姿。緩い階段の登廊は、(周りに花が咲いていなくても)美しい。 柱や屋根のひなびた色に灯籠がアクセントとなって、どこか静かな世界へ導かれていくような、穏やかな気持ちになる。低すぎる階段を一段一段丁寧に上っていく。本堂のある天上は、桜、桜。本尊の大きな十一面観音像の前でご挨拶して、(外舞台は工事中)五重塔へ。ここの桜も満開。そして今日一番惹かれたシーンは、五重塔より一段下のベンチから眺めた本堂。桜と桜の間に、本堂の屋根とあの"幕"が美しい。